「10代目、10代目、10代目っ・・・」

泣きながら男は10代目と繰り返す。

真っ赤になって腫れぼったくなっている瞳から涙が枯れる事はない。

ボロボロと零れ落ちる涙は男が縋りついている長方形の箱の上に落ち、地面へと流れた。

男の名は獄寺隼人。

ボンゴレファミリー10代目の嵐の守護者であり、恋人だった。


Una ferita       〜Hayato・Gokudera〜


獄寺が縋りついている箱はシンプルな作りではあったが、一目で高価な物で作られているとわかる代物だった。

中央には彼の所属するイタリアの中で最も格式高く、勢力のあるマフィアのボンゴレの紋章と彼の敬愛するボンゴレの10代目ボスの シンボルである]という数字が彫られたレリーフがつけられている。

それは棺桶だった。

「何で・・・俺なんかを庇ったんですか、10代目」

答えが帰ってくるはずもない問いを彼は数日間繰り返していた。

もしかしたら全てが悪い夢で、何言ってるの?という声が聞こえるのではないかという淡い期待はことごとく 打ち砕かれていた。

森の中に安置された棺桶の中に人はいない。

だからといって遺体が霊安室にあるわけではない。

遺体は存在しない。

発見されていないのだ。


数日前、獄寺とツナは彼らの正装である黒いスーツではなく、ラフな格好で出かけていた。

移動に使う車も普段の黒いベンツではなく普通の乗用車で、2人は久々に得た休暇を楽しんでいた。

本場のパスタに舌鼓を打ち、美術館を巡り、獄寺お気に入りのシルバーアクセサリーのメーカーの新作を見た。

休憩にと寄ったコーヒーショップでツナが間違えて注文したエスプレッソを獄寺に飲んでもらい、ツナ本人は仕方なくオレンジジュース を飲んだりもした。

沢山笑って、沢山くだらない話をして、沢山楽しい思い出を作って、また明日から仕事だねとツナが少し悲しそうに笑ったことも獄寺 はよく覚えている。

マフィアのボスになって10年近く経ってもツナは人を殺す事に慣れなかった。

段々と麻痺していく感覚を嫌うように、ツナは口癖のように言った。

『俺は誰も傷つくたくないし、殺したくない』

しかしそれは不可能な事で、ツナ自身それは痛感していた。

だから最後にはこう言った。

『でも、大切な人が傷つけられるのはもっと嫌だ』

それは出来る事なら殺さないで欲しいけれど、身を守るためには仕方ないという苦肉の策だった。

ツナは守護者に任務を言い渡すときは辛そうな顔をしていた。

それはやはり人の生き死にがかかっていることだからだろう。

ツナはマフィアのボスでありながら、とても優しかった。

どこか苦しそうな顔をしていることが多くなってきた中での休暇で、ツナはとても喜んでいた。

夕方になって、シチリアの海を見て帰ろうということになった。

路肩に車を止め、ジャリジャリと小石を踏みながら岸壁に近づく。

そこは2人のお気に入りの場所で、日が沈むのがとても綺麗に見える場所だった。


唐突にツナが獄寺を突き飛ばし、その直後に乾いた音が響く。

ツナの身体が宙にはね、勢いよく鮮血が噴き出してまるでスローモーションのように倒れていく。

「10代目!!」

必死に伸ばした獄寺の手は空を掴み、ツナは海の中へと飲み込まれていった。

「10代目ぇ!!」

その時獄寺は確かに見た。

ツナが笑っているのを。

それは最近見ていた苦しみや悲しみを含んだ笑顔ではなく、出会った頃、純粋に物事を楽しんでいた頃の満面の笑みだった。


ボンゴレの数週間にわたる必死の捜索にもかかわらず、ツナは発見されなった。

ツナの落ちた場所は波が渦を巻いているところで、発見は絶望視された。

しかし代わりに1つの指輪が発見された。

それはとてもシンプルな指輪で、傍目にはただの銀の指輪としか思えないものだった。

それを発見したのは山本で、本来なら証拠物件として科学班に回さなければならなかったが、山本は回りに人がいないのを確認して その指輪をそっとポケットにしまった。


「獄寺」

ノックもせずに山本は獄寺の私室に入る。

以前は怒鳴られたが、今はそんなことはないのをよく理解しているからだ。

ツナが撃たれた後の獄寺はまともな反応を示した事はほとんど無い。

獄寺の部屋は必要以上に物を置かず、整頓されている部屋だったが、今は荒れていた。

獄寺はベットの上に座っており、サイドテーブルにあるいくつかの灰皿にはタバコが山積みになっている。

灰はサイドテーブルや床に落ち、妙な模様を作り上げている。

床にはウイスキーやビールの瓶や缶が散乱していて、その缶のいくつかは獄寺が灰皿として使っていた痕跡が見られる。

テレビはつけっ放しになっており、胡散臭い通販番組を映し出している。

獄寺はクシャクシャになったワイシャツを着崩しながらタバコを吸い、焦点の全くあっていない眼でどこかを見ていて、 山本が部屋に入って来たのすら気づいていない。

指はヤニで黄色になっていて、所々に火傷の痕もある。

ポトリと指に落ちた灰を全く気に留めない事から痛覚も麻痺しているだろうことが窺える。

「獄寺」

山本は再度彼の名を呼ぶ。

それでも返事は無く、反応も無い。

「獄寺」

山本はグイッと獄寺の肩を掴み、無理やり自分と視線を合わせようとする。

それでも獄寺は何の反応も示さない。

山本はポケットから崖で拾った指輪を取り出し、それと反対の手で獄寺が持っていたタバコを取り上げた。

「なに・・・すんだよ」

流石はスモーキン・ボムと呼ばれるだけあり、タバコが無くなったことに気づいた獄寺が山本を見る。

尤も、相変わらずその瞳に山本は映っていないようだったが。

山本は獄寺の右手に指輪を置き、見ろと少し苛立ったように言う。

ボーっと指輪を見つめていた獄寺はハッとしたように山本を見た。

今度はその瞳に山本を映していた。

「や・・・山本、これ、10代目の・・・」

「ツナが落ちた崖で見つけたんだ。確か獄寺と一緒に作ったんだよな?」

「あ・・・あぁ」

ボンゴレ10代目に正式になって、仕事続きの中ボンゴレの技術班の力をかりて2人で作った特殊な指輪。

指輪の裏側にそれそれのイニシャルが刻まれ、同じ技法で作られた指輪が揃う事で特殊技法で裏側に記された目には見えない文字を 読むことが出来る。

ツナや獄寺の指輪以外にも同じ製法でいくつかの指輪が作られたが、その指輪の文字を読めるのは対となる指輪だけだった。

製法が同じでも微妙に違うその特殊な指輪は定められた指輪同士以外では効果を発揮しないただの指輪にすぎなかった。

ツナの指輪は本当にシンプルなシルバーの指輪。

表面に何も加工はされておらず、最も無難なデザインだ。

対する獄寺はお気に入りのシルバーアクセサリーのようにきちんとデザイン性を重視してはいるものの、中学時代のようにいくつもの シルバーアクセサリーを任務中につけているわけにはいかないので、それなりに落ち着いたデザインになっており、 普段つけていても違和感のないようになっている。

「ツナが死んで、寂しいのは皆同じだ。だけど、ツナはお前にそんな顔をして欲しいわけじゃないと思うぜ」

「・・・」

「少し何か食えよ」

「あぁ」

山本は獄寺の肩をポンッと叩くと部屋から出て行った。

部屋に残された獄寺は自分の指輪を手のひらに乗せる。

そして、自分のよりも一回り小さいツナの指輪と自分の指輪を重ね合わせ、イニシャル部分をあわせる。

一瞬金属の触れ合う音がして、リングにオレンジ色の炎が灯る。

ツナの炎の色が。

その炎はユラユラと揺らめき、徐々に炎が文字となる。

その文字を読み、獄寺は涙を零した。


「10代目・・・」

棺桶の前に立ち、獄寺は呟く。

「俺、10代目が一番好きです。今までも、これからも」

勿論それに対する答えはなくて、泣きそうになるのを必死に堪えながら獄寺は言葉を続ける。

「10代目の仇は必ず俺がとります。だから・・・お休みなさい、10代目」

それだけ言うと獄寺はその場を後にした。


棺桶から少し離れた場所で立ち止まり、煙草をくわえる。

カタカタと震える腕を押さえつけ、紫煙を吐き出した。

「へへ・・・ダセェ」

今の自分をツナが見たら呆れる事はわかっていたが、それでも動揺は隠せなかった。

それでも、獄寺はツナが死んだという事実を少しだけ自分に認めさせた。

全てを拒絶し、ただ現実から目を逸らしてはいけないと思ったから。

思わされたから。

「10代目、好きです。10代目」

ガタッ

「!?」

唐突に獄寺以外誰もいないはずの森で音がし、獄寺は身構える。

何物かが攻撃してくる気配は無いが、再度ガタガタという音がする。

それはツナの棺桶の方からの音だった。

「くそっ!!ミルフィオーレの奴ら、10代目の眠る場所まで・・・」

獄寺は棺桶へと急いだ。


「何でオレ棺桶にー!!?」

「誰だ!!」

「ひいっ」

そこにいたのはもう会うことは出来ないと思っていた獄寺のもっとも大切な存在だった。


2007,8,22