ドンッ

応接室の中にある雲雀専用の高級机の上に置かれたステンレスの深鍋を見た雲雀は眉を寄せた。

「…何?」

「チョコレートです」

「で?」

「コレをこれから君にかけます」

「死ね」


10’Valentine's Day


間髪入れずに返した言葉を骸は完全に無視し、何やらゴソゴソと支度を続ける。

その行動に雲雀は鬱陶しさ以上に一種の恐怖を感じる。

骸が変態なうえに、唐突に雲雀には理解できない事をしでかすのは今に始まった事ではない。

雲雀は骸と出会って1年も経過していないばかりか、生身の骸と会っていたのは1日に満たない。

にもかかわらず、骸のおかしさを充分に理解していた。

理解しているからこそ、今の骸は本気だとわかる。

チョコレートを避けることなど雲雀にとっては造作も無いが、避ければ応接室がチョコレートまみれになる。

いっそ鍋を窓から棄ててしまおうかとも考えたが、それはそれで校舎がチョコレートまみれだ。

残る選択肢は鍋を持って逃走し、チョコレートを安全に処理するか、大人しくチョコレートまみれになるになるか。

「…」

敵前逃亡など雲雀のプライドが許さない。

しかも、骸はチョコレート入りの鍋が1つとは言ってはいないし、雲雀が拒否する事などわかっているはずだ。

そうなれば、雲雀が大切にする並盛中がチョコレートまみれになる可能性が高い。

かといって、自身がチョコレートまみれになるなど言語道断である。

「…」

どうしようかと考えあぐねていると、骸が雲雀の名前を呼んだ。

「早く来てくださいよ」

「嫌だよ」

骸が1歩動けば雲雀も1歩動く。

同じ距離を保ったまま暫く2人の攻防戦が続く。

いつまでも続きそうな攻防戦に嫌気がしたのか、唐突に骸が動きを止めた。

「…」

「雲雀君」

「…」

「譲歩しましょう」

「…」

「君にチョコをかけるのは諦めます」

「…」

「その代わり、君が僕に食べさせてください」

「…」

「ほら、アレですよ。あ〜んってやつで…」

ガッ

「寝言は寝て言いなよ」

骸の言葉に雲雀のトンファーが風を切る。

しかし、骸は余裕の笑みを浮かべながら三叉槍でトンファーを受け止めた。

「クフフ〜危ないじゃないですか」

「君さぁ、本当に気持ち悪いんだけど」

「失礼ですね。せっかく譲歩案まで出してあげてるというのに」

「君がその奇行を止めれば良いんだよ」

「嫌です」

「…」

「仕方ありませんね。雲雀君は照れ屋ですから」

「君、本当に死になよ」

「嫌です。ですから…」

「!」

軽やかな音と共に組み合っていた雲雀から離れ、骸は雲雀の机の上に音も無く座る。

「これで勘弁してあげます」

「…」

「コレ、僕宛のチョコですよね?有り難く受け取ります。それでは」 机の上にあった綺麗な包装紙に包まれた小箱を手にし、骸は嬉しそうに言うと、雲雀の言葉を待たずにその場から消えた。


「まさか…本当に持っていくとはね…」

骸の消えた応接室で雲雀は呟き、先日あった事を思い出す。


『雲雀恭弥』

『何?』

『ぁ…あの…』

『コレ、受け取るびょん』

『は?』

『明日はバレンタインだから』

『…』

ジャキッ

『ち、違うの!骸様が雲雀恭弥の所にチョコを貰いに行くって…』

『だからコレを渡せ』

『何で僕があんな奴にコレを渡さないといけないのさ』

『いいから渡すびょん!』

『む、骸様は凄く楽しみにしてるから…だから…』

『…』

『面倒になりたくないなら渡せ』

『…とりあえず、貰ってはおくよ』


「…まぁ、僕には関係無いけど…コレ、どうしようかな」

骸が狂喜乱舞している事など全く知らず、雲雀は応接室の前に山積みにされていた小箱の山に眉を寄せた。



09.02.13