「ハッピーバースディ、俺」

声の主の折原臨也の目の前のテーブルにはケーキやシャンパン、パーティ用のオードブルなど様々なものが置いてある。

普通ならば誕生日を祝うためのパーティ…に見える。

しかし普通とは違い、そこにいるのは臨也ただ1人で、誰かが来る予定など無い。

それは先ほどの臨也の言葉からも伺える。

しかし、本人は他者から見れば痛いとされることなど全く気にしていない。

独特の価値観と行動の臨也は他者に理解されないが、それを苦痛だと思ったことは無い。

その他大勢の人間と自分が異なるという点に対しては優越感すら覚えている。

言動故に臨也は他人を見下しているように見られることもあるが、臨也にどの気は全くないのだ。

それどころか人間を尊敬している。

1歩引いた所でその尊敬に値する人間の愚かしさを見られる自分は最高に幸せだと感じ、それを見る為に様々な代償を支払った。

神も仏も信じていなかったが、セルティという完全なる人外を知り、ヴァルハラを見ることを目的の1つにするようになる。

「このクソッタレな生がまだあることに感謝を」

誰が祝わずとも臨也は自身を祝う。

それは生命の誕生ではなく、今日までこの世界に在ることへの感謝。

「もっと、もっと俺は生きて知りたい。観察したい。愚かな人間を」

人間を歪んだ形で愛する臨也がその愛の対象である人間を今日も見られたことへの感謝。

「ハッピーバースディ、俺。もっともっと生きて、人間を見られますように」

ホールケーキの上に乗せられた 誕生日おめでとう、イザヤ君 と書かれたチョコレートにナイフを突き刺し、臨也は笑った。



С Днем Рождения Izaya R2



2014.05.04