*臨也=甘楽です。
からかってやろうと思った。
只それだけ。
そう、本当にそれだけだった。
Под луной
「月が綺麗ですね」
「…」
俺の目の前にいるのは平和島静雄だ。
それは間違いない。
だけど、折原臨也に向ける表情でも、態度でもない。
彼は今その名に恥じない態度で接している。
甘楽、という架空の存在に。
甘楽、とシズちゃんが会った理由は簡単。
とある仕事で甘楽として動いていた俺を間接的にシズちゃんが助けた。
それだけ。
『助けてくれてありがとう』と感謝の言葉を述べて終わるはずだった。
だけど、予想外なことにシズちゃんは甘楽を好きになったらしい。
理由なんて知らない。
でもそれは確かだ。
まぁ、俺にも落ち度はある。
それは認めよう。
折原臨也=甘楽だと知られたくなくて慌てていた俺はその場にデータ端末を落としてしまった。
なんらかの形で使い物にならなくなってれば問題は無いけど、一応ロックはかけてあるとはいえ誰かに拾われて中を見られでもしたら少し面倒なことになる。
それに気付いた俺は直ぐ様引き返してその場を探したけど、見つからなかった。
だから俺は仕方無くシズちゃんに会いに行った。
勿論シズちゃんの上司も、ヴァローナさんもいない時を狙って。
結果としてデータ端末は無事に取り戻した。
今度こそこれで終わりだと思っていた。
ところが、それから数日後にメールが届いた。
『2人で会えないか?』と。
端末を取り戻した時にメールアドレスを教えたのを心底後悔したけど、甘楽の正体が折原臨也だと知らないシズちゃんをからかってやるのも面白いと思った。
だから俺はシズちゃんと会うことにした。
偶然池袋で会えば犬猿の仲として殺し合いをしながら、夜は甘楽として大人しいシズちゃんと会う。
そんな笑える生活を暫く続けてきた。
だけど、それが間違いだったと最近気付き始めた。
小学校時代から化け物じみた力を振るってきたシズちゃんがまともな人間関係など築けてるはずがない。
高校時代は容姿故にシズちゃんに好意を持った子はいたけど、シズちゃんの力を見れば近付かなかったし、それでもというチャレンジャーは俺が言葉巧みに諦めさせた。
その後もヴァローナさんが来るまでシズちゃんに女性の影は無かった。
だから平和島静雄という化け物を知りながら普通に接する甘楽に好意を抱くのは不思議じゃない。
これが甘楽でなければ俺は楽しんで観察したか、嫌がらせをしたか…多分後者だ。
兎に角こんなややこしい事態にはならなかった。
俺はシズちゃんを計り間違えた。
一過性の熱、又は珍しさだろうと思ったんだけど…シズちゃんは本気だった。
甘楽に対して本気になってしまった。
そして冒頭に至る。
月が綺麗ですね 一見すれば何でも無い言葉だが、別の意味もある。
告白。
その小説の作者は誰だったのかという答えすら今の臨也には導き出すことが出来ない。
告白のはずがない。
シズちゃんがそんな趣のある言葉など知るはずがない。
そう考えつつ、誰かの入れ知恵か、甘楽を好きになった故の成果という考えを臨也は捨てられない。
「綺麗ですね…」
そのため臨也は惚けることにした。
惚けて静雄の反応を伺おうとした。
そこで臨也は見た。
甘楽からの言葉に一瞬だけ静雄が悲しそうな顔をしたのを。
他の人間なら見逃したであろう表情。
しかし、それを見逃すほど臨也は愚かではなく、静雄と臨也はそれほど短く、浅い関係でもない。
「嘘…」
甘楽という存在が静雄の中で大きくなり、普段の静雄ではあり得ない事を行わせている。
諸手を上げてそれを観察するのが折原臨也という存在の本来の立ち位置のはずだが、今回は違った。
臨也が感じたのは得体の知れない恐怖。
臨也は唐突に、何の確証も無く思ったのだ。
平和島静雄の中で甘楽が大きくなりすぎ、このままだと何をしてもおかしくない…と。
「甘楽さん?」
「…平和島さん。私達、もう会わないことにしましょう」
「いきなり何でなんすか?俺の噂とかを聞いたなら…」
「平和島さんの噂は会う前から聞いていました」
「なら何で…」
「私は【池袋の喧嘩人形】に興味があったんです。でも、実際の平和島さんは普通の人でがっかりしました」
「…」
「だからもう止めましょう」
「甘楽さ…」
「さよなら」
そう言って臨也は静雄に背を向けて歩き出す。
その時の静雄が何を思っているかなど知るよしも無く。
2011.10.09
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